奈良公園内の旅館が考案した料理に「若草鍋」と命名した文豪は?

『若草鍋』という鍋をご存知でしょうか? 明治四十年創業の料理旅館『江戸三(えどさん)』の名物料理で、商標登録もされています。この鍋の名付け親は誰もが知るあの文豪なのです。

文豪が名付けた『若草鍋』

江戸三にゆかりが深いのは『暗夜行路』『城の崎にて』などの作品で知られる文豪・志賀直哉です。13年間奈良に住み、江戸三によく通っていた志賀直哉が、ほうれん草を土台にこんもりとたくさんの具材を盛り付けたお鍋を、新緑の若草山になぞらえて『若草鍋』と命名しました。新緑の若草山から取られましたが、提供しているのは10月から3月にかけての期間です。もし食べに訪れるならお間違えのないように。

昭和天皇にも献上された由緒ある鍋

『若草鍋』はたっぷりと敷かれたほうれん草の土台に、鯛やハモ・はまぐりなどの魚介類、白菜やしいたけ等の野菜に、湯葉や生麩、かまぼこ、鶏肉などがてんこ盛りに盛られ、その頂点には伊勢海老が乗っています。鰹と昆布をベースとしたあっさりめの出汁に様々な具材からエキスが染み出し、うま味たっぷりのスープに仕上がって具材を煮込みます。この鍋の特徴の1つはカセットコンロなどではなく、炭火が使用されていること。創業当時の味わいを守るため、今も炭火で昔ながらの方法で供されているのです。

手間ひまかけたこの豪勢なお鍋は、奈良の名物料理として昭和天皇陛下の奈良ご巡幸の際に献上され、フランスELLE誌に日本を代表するデザイナーの三宅一生さんから「天皇も賞味された日本版ブイヤベース」と紹介されました。

若草山に登ってみよう

『若草鍋』の名前の元になった若草山は、笠を3つ重ねたような形から『三笠山』とも呼ばれています。一面に緑の芝生に覆われた美しい山で、高さ342メートル、広さが33ヘクタールあり、春には桜、秋は紅葉、ススキと四季折々の自然を楽しむことができます。若草山は体力に合わせてちょっとしたハイキングもできます。山麓から3つの「笠」を順番に登っていき、3つ目の「笠」が一番高い頂上です。

まずは西側の麓のゲートから入山します。目の前には鮮やかなグリーンの広大な芝の斜面が広がっています。その斜面の芝生の横の階段を登って行くのですが、階段は長く傾斜もきつめなので、少々つらいかもしれません。しかし大人の足なら15分程で最初の「笠」の上に着き、目に飛び込んでくるのは素晴らしい眺望です。東大寺大仏殿や興福寺五重塔、その奥に広がる奈良の街まで一望できます。

ここまででも楽しめますが、まだ余力がありそうならその上を目指しましょう。2つ目の「笠」は視界のすぐ先にあるので、開放的な空間を10分ほど歩いて行くと、2つめの「笠」に付きます。こちらでは先ほど見えいていた東大寺や興福寺が、境内全体まで見渡せるようになります。

ここまで来れば、山頂である3つ目の「笠」はすぐそこです。こちらも芝生の中を進み、同じく10分ほどで若草山の頂上に到着。さらに眺望が広がり、奈良県と大阪府の境目である生駒山や金剛山などの山々を見渡すことができます。晴れた日には、遠くの橿原・飛鳥周辺にそびえる、香具山(かぐやま)、畝傍山(うねびやま)、耳成山(みみなしやま)の大和三山も望むことができます。

ここまで来てもまだまだ歩ける!という方は若草山からさらに奥に続く「春日山遊歩道」に足を延ばしてみましょう。春日山遊歩道は春日山の森の中を森林浴を楽しみながら歩くことができるハイキングコースです。国の天然記念物「春日山原始林」は世界遺産にも登録されている、春日大社の神域に広がる原始林で、841(承和8)年から樹木の伐採が禁止されており、森林がほとんど手付かずの状態で残されています。春日大社の神域なので一般人が神域内に入ることは禁止されていますが、遊歩道からうっそうした原始林を見ることができますよ。

ザ・ご当地検定の問題

奈良公園内の旅館が考案した料理に「若草鍋」と命名した文豪は?

A. 志賀直哉