岩手県のある地域で古くから親しまれている、とても歴史のある郷土料理を紹介します。少し不思議な味がするのですが、一度食べるとクセになる美味しさともいわれているのです。過去にテレビドラマのなかで紹介されて、話題となったこともあります。その汁物の魅力についてお伝えします。
甘い?しょっぱい?不思議な魅力
「まめぶ汁」の見た目は、特に変わったところのない、根菜や油揚げなどが入った具沢山の汁物という風情です。飲むと滋味深い味わいが身体に染みわたります。
しかし、汁物の中をよく見ると、根菜のほかにコロコロとかわいらしい丸いお団子が入っています。そのお団子を一口食べてみると「えっ、甘い」と、きっと多くの人が驚くでしょう。
甘いのにしょっぱい、ちょっと不思議な食べもの、それが「まめぶ汁」です。「まめぶ」と呼ばれてはいますが、入っているのは豆でもお麩でもありません。
小麦粉でできている小さなお団子です。中には黒砂糖とクルミが入っています。しょうゆ味の汁の熱で溶けた黒砂糖の甘味がなんとも言えず優しく「しょっぱい汁物の中に甘い団子だなんて」と、最初は食べるのに抵抗がある人でも、おそらくクセになるであろう美味しさです。
「まめぶ汁」はどこで生まれたの?
「まめぶ汁」が生まれたのは、岩手県北東部の沿岸に位置する、久慈市の山形町というところです。太平洋に面しているこの地域では、海洋性気候の特徴と、内陸性気候の特徴の両方を有しています。日照時間は年間を通してわりと長く、東北地方の岩手にありながら冬は比較的温暖です。
しかし夏場は、ヤマセと呼ばれる強い東風が吹きつけることがあります。この風が吹いたときには真夏でも非常に冷え込み、時に、薄手のセーターや暖房が必要になるほどです。以前はこのヤマセの影響で農作物が大きな被害を受けることも多く、たびたび飢饉に見舞われました。
実は「まめぶ汁」が生まれたのも、この、飢饉を招く夏場の気候が影響したからという言い伝えがあります。凶作に備えるために「百姓はお蕎麦などの麺類は食べてはいけない」という御法度の令達が、江戸時代に幕府から出されたのです。
それまでこの地域では、おめでたい日のいわゆる「ハレの料理」として、麺類を食べることが多かったのですが、御法度となったために食べることができなくなりました。
それ以来この地域では、おめでたいときの料理として麺の代わりに、小麦粉を練ったものに黒砂糖とクルミを包んで食べ始めました。それが「まめぶ汁」の歴史です。
「まめぶ」の名前の由来は諸説あります。丸めた小麦粉団子が「まり麩」に似ていたことから最初は「まめふ」といわれていたのが、のちに訛り「まめぶ」となったのではないかということが、まずひとつです。
また、お正月などのおめでたいときに食べる料理であることから、まめまめしく、健康で達者に暮らせるようにという願いをかけて「まめぶ汁」と呼ぶようになったという、別の説もあります。
このように名前の由来に関してはいくつかあるのですが、200年以上もの古くから、この地域で食べられてきた郷土料理であるということは間違いないでしょう。
本来はおめでたい料理でしたが、徐々に不幸があったときにも作られるようになり、おめでたいときに限らず、来客があったときにもてなすための料理となっています。不幸のときには「まめぶ」の大きさを、おめでたいときよりも小さくするのだとか。
また、久慈市内で広く作られている料理となった「まめぶ汁」を出すお店も増えましたが、もともとは山形町周辺のごく限られた地域で食べられてきたものでした。あるテレビドラマの中で「まめぶ汁」が紹介されたことをきっかけに、地域おこしとして、久慈市のお店などで広く出されるようになったのです。
その後「まめぶ汁」は、グルメの祭典である「B-1グランプリ」にも出展されました。久慈市も「まめぶ汁」を出してくれるお店を観光マップなどで積極的に紹介しています。そのなかでも紹介されている道の駅では「まめぶ汁」を味わうだけではなく「まめぶ」だけの購入もできるようになっています。
「まめぶ汁」の調理に挑戦してみよう!
岩手県を訪れる機会があったら、是非実際にお店で味わいたい「まめぶ汁」ですが、時間があるときには、自分で作ってみるのもおすすめです。
素朴な家庭の味である「まめぶ汁」の作り方を、ご紹介しましょう。大体3人から4人前の分量です。
最初に汁物の準備から行います。水3と2分の1カップに、煮干しと昆布で出汁を取ります。そこに、ゴボウ・人参・しめじ・しいたけ・油揚げなどを入れて火を通します。次に「まめぶ」を作ります。薄力粉100gに熱湯75mlを加え、菜箸でよく混ぜます。水分が粉に行き渡りひとまとまりになったら、まな板の上などでよくこねます。なめらかになるまで続けましょう。
こねたら大体20等分して丸めておきます。クルミと黒砂糖は、それぞれ15g程度を準備し、クルミは1cmほどの包みやすい大きさに砕いておきます。
作った小麦粉団子を手のひらで平らにし、そこにクルミと黒砂糖を乗せたら再び包み、片栗粉をまぶして準備しておいた汁の中に入れます。「まめぶ」が浮いてきたら、おおよそ火が通った合図です。
時間にして3分から4分くらいでしょうか。あとは、焼き豆腐を適当な大きさに切って加え、火が通ったところで醤油大匙1と2分の1で味をつければ完成です。
さて、ごく一般的な「まめぶ汁」の作り方をご紹介しましたが、家庭ごとに作り方は異なり、その家だけの味というものがあります。「まめぶ」の中に、クルミは入れるけれど黒砂糖は入れないというところもありますし、汁の具材としてカンピョウやコンニャクを入れる場合もあります。いろいろな作り方を試してみるのも楽しいものです。
ただし、どの家庭にも共通しているのは、汁の出汁は煮干しと昆布だけでとり、カツオ節は使わないということです。そして、肉やネギも入れません。香りや旨味を足しすぎないということがポイントと言えるでしょう。
味付けも醤油味で、あくまでスッキリとシンプルに仕上げます。この点に気を付ければ、自宅でも本場の味に近い「まめぶ汁」が味わえます。
ところで、地元久慈市でも人気で、テレビドラマに出てくる「まめぶ汁」の味のベースになっているといわれているお店では「まめぶ」に使用するクルミも地元産のものにこだわっています。
輸入ものとは味わいや香りが異なるのだそうで、自分で作る際にも手に入るのであれば国産のものを使用すると、より一層美味しいかもしれません。
クルミをよく食べる!興味深い岩手県の食文化
先ほどクルミのことについて少し触れましたが、実は岩手県では、クルミを昔からよく食べます。県北部や久慈が位置する沿岸地域では特にそうです。クルミがもともと自生していたことや、クルミが栄養補給に最適であったことなどが理由とされています。
お正月にクルミダレのお雑煮を食べる地域もありますし、岩手では有名な黒砂糖入りの蒸しパンのようなお菓子にもクルミを入れます。各家庭で昔から作られている素朴な料理だけではなく、お店で売られているお菓子などにもクルミが使われているものが多いです。「まめぶ」の中にクルミが入れられているというのも、このような岩手の食文化を考えると納得できるのではないでしょうか。
ちなみに、クルミが使われている料理やお菓子はどれも美味しく、コクのある味わいと独特の触感はやみつきになります。久慈で「まめぶ汁」を堪能したあとは、クルミが使われている岩手県の他の料理やお菓子を探して食べ歩いてみるというのも良いですね。
ザ・ご当地検定の問題
Q. ドラマ『あまちゃん』に登場し話題となった、岩手県久慈市の名物汁物は?
A.まめぶ汁
Q. 岩手県の「まめぶ汁」の団子の中には、クルミとともにどんなものが入っている?
A.黒砂糖