東京名物の鍋料理に使われる意外な魚とは?

東京名物の鍋料理をご紹介します。江戸時代から庶民に愛されてきた鍋料理です。使われる魚はスーパーなどで見かけなくなりましたが、ウナギに負けない栄養があります。

江戸時代に誕生した代表的な鍋料理のひとつ柳川鍋

柳川鍋が庶民の味として親しまれるようになったのは、江戸時代からです。江戸時代後期の風俗や事物を解説した「守貞謾稿」(1853年)では、文政(1818~30年)の初め、江戸南伝馬町の萬屋がドジョウを背開きにしてゴボウと一緒に調理した鍋を客に提供したのが柳川鍋の始まりだとしています。江戸時代には江戸近郊の水田でもドジョウが大量に獲られたため、安くて栄養価が高いドジョウは庶民の味として古くから親しまれていました。また、当時庶民の多くが住んでいた長屋は台所が非常にせまく、部屋の中で火鉢の上に浅い鍋をのせて調理するいわゆる「小鍋立て」が重宝されたことから、柳川鍋やしゃも鍋、ねぎま鍋など鍋料理が発展した時代でもありました。こうした時代背景から、手に入れやすいドジョウと臭み消しのためのゴボウを入れた鍋が誕生したと考えられます。

天保初め(1830)ごろ、江戸横山町新道の柳川屋が考案した背開きにしたドジョウにささがきゴボウを加えて卵でとじる鍋が流行し、「柳川鍋」の名前が一気に広まりました。その後、柳川鍋は夏場の精力源として江戸を中心に食べられてきましたが、戦後の高度経済成長期以降、宅地造成などで田んぼや小川が激減すると天然のドジョウの数は激減しました。このため、休耕田を利用してドジョウを養殖する試みが全国各地で行われてきましたが、平成14年に大分県の県農林水産研究指導センターで泥を使わない屋内養殖が初めて成功しました。この養殖方法を用いたドジョウは泥臭くなく、また養殖期間が短いことから骨が口に当たらないため、東京都内のドジョウ料理屋から高い評価を受けています。一方、ドジョウ料理屋でも、ドジョウ食が見直されるよう、伝統的な柳川鍋やドジョウ鍋のほか、ドジョウのかば焼きやから揚げなど、さまざまな料理法を取り入れています。

柳川鍋の驚きの栄養価とレシピ

「ウナギ一匹、ドジョウ一匹」と言われるように、ドジョウは良質なタンパク質やカルシウムに富み、特に動物性タンパク質が不足気味だった江戸庶民の強い味方でした。ゴボウは、食物繊維に加えて精力増強に役立つといわれるアルギニンが豊富です。また、ゴボウのアクに含まれるポリフェノールが魚臭さを消してくれることから、泥臭いドジョウとゴボウは特に相性が良いことで知られています。それらを「栄養の王様」と呼ばれている卵でとじた柳川鍋は、精力をつけるのにぴったりの料理といえるでしょう。

柳川鍋は、まず酒にドジョウを入れ、おとなしくさせます。ドジョウを少量の塩でもんで軽くぬめりを落とした後、ドジョウを背中からさばき、中骨の下に包丁を入れて中骨を取り除きます。開いたドジョウに皮側から熱湯を注いだら、冷水で冷やし、ぬめりを洗います。浅い鍋にささがきにしたゴボウと醤油、みりん、酒、出汁を入れ、ゴボウの上にドジョウを並べ、中火で加熱。十分に火が通ったら溶き卵を回し入れて出来上がりです。

江戸庶民の「粋」を味わう柳川鍋のおいしいお店をご紹介!

1801年に創業した「駒形どぜう」は、柳川鍋のほか、甘みそ仕立てのみそ汁でドジョウを煮込んだ「どぜうなべ」、くじらを使った「くじらなべ」が有名な老舗です。第二次世界大戦で店が全焼したため、創業当時の店舗ではありませんが、江戸の風情を残す趣のある店舗。全国から探した最高の養殖ドジョウに米、みそなどの調味料にいたるまでこだわったドジョウ料理は、各界の著名人からも人気を博しています。

浅草の「どぜう飯田屋」も柳川鍋やドジョウ鍋、かば焼きなどのドジョウ料理が人気の店です。特に柳川鍋は、クセが強いドジョウとコボウを甘辛い割下で煮込み、卵でまろやかに包み込んだ絶品と評判です。また、高価になりつつあるドジョウを手軽に楽しむことができるよう、平日15時までどぜう汁と御飯をセットにした「どぜう汁御飯」を600円という価格で提供しています。

私たちの食卓から姿を消しつつあるドジョウ

優れた栄養があるドジョウは、古くから身近な食材でした。しかし、土地開発で天然ものは数が激減し、ドジョウ専門店も姿を消しつつあります。江戸庶民の代表的な鍋「柳川鍋」を楽しみつつ、魚類の生息環境改善について考えてみるのもいいかもしれません。

ザ・ご当地検定の問題

Q. 東京名物の「柳川鍋」に使われる魚は?

A.ドジョウ

Q. 東京名物の「柳川鍋」でドジョウとともに煮込まれる野菜は?

A.ゴボウ

Q. ささがきにしたゴボウとドジョウを煮込んだ、東京の郷土料理は?

A. 柳川鍋