愛媛県の銘菓「母恵夢」は、和菓子と洋菓子が溶け合う独特の味わいで知られるお菓子です。愛媛県東温市に本社を置く株式会社母恵夢が手がけています。実は発売当初、今とは全く違う名前で売られていました。名前が変わった理由や、会社がこれまで歩んできた歴史をくわしく紹介します。
母恵夢の原点はバター万十・株式会社母恵夢の歴史
1950年(昭和25年)に「バター万十」という名前のお菓子が生まれました。考案したのは、株式会社母恵夢の先々代にあたる岡田運太郎氏です。当時は、バターや卵を使ったお菓子がまだ高級品として扱われていた時代です。戦後まもない中で、白あんに卵の黄身を加えた黄味あんを、バターを使った生地で包んでいました。和菓子のやさしい甘さに洋菓子の風味を重ねた味わいが評判となり、人気を集めました。
バター万十という名前が「母恵夢」に変わったのは、1953年(昭和28年)のことです。フランス帰りの画家がバター万十を食べて「ポエムだね」と言ったことがきっかけで、母の恵みの夢という意味を込めた名前が誕生しました。会社は1956年(昭和31年)に有限会社今治権太松山店として創業しています。1976年(昭和51年)には、菓子の名前を社名に入れ、株式会社母恵夢として定着しました。
母恵夢が長く愛される理由とは
バターの香りが漂う生地の中には、コクのある黄味あんがたっぷり詰まっています。和菓子の上品な甘さと洋菓子の芳醇な風味が、バランスよく調和しているのが特徴です。天面の無数の小さな穴は、焼きムラを防ぎ、芯まで火を通す役目を果たしています。天面はきつね色、側面は卵色に焼き分ける工程にも、職人の技が生きています。
定番より小ぶりな「ベビー母恵夢」は、小さな子どもからお年寄りまで一口で食べやすいのが魅力です。バターや卵を使いながらも優しい甘さに仕上げているため、幅広い世代に愛されてきました。冠婚葬祭や季節の贈り物、日々のおやつなど、さまざまな場面で選ばれています。
素朴でやさしい甘さや、バターの風味を楽しめる点は、母恵夢の良さとしてよく挙がります。甘さや食感は好みが分かれるため、初めて食べる場合は少量サイズから試すのがおすすめです。
母恵夢の商品ラインナップと選び方
母恵夢の定番商品には、複数個入りの箱と、少量から選べる袋入りがあります。箱入りはボリュームがあり、贈り物やお土産にぴったりです。袋入りは必要な分だけ買いやすく、普段使いにも便利です。ベビー母恵夢は定番よりひと回り小さく仕上げられていて、来客時のお茶請けやおやつとして選ばれています。
定番の母恵夢のほかに、しっとりとした生地の「生母恵夢」もあります。季節限定の生母恵夢は、瀬戸内レモンを使った爽やかな酸味が楽しめます。夏にはコーヒー牛乳味、秋には栗を使った「秋栗」など、季節ごとに味が変わるのも楽しみの一つです。
なお、愛媛県には、東温市の株式会社母恵夢とは別に、今治市に本社を置く株式会社母恵夢本舗という会社もあります。どちらも商品名は「母恵夢」として販売していますが、原材料やパッケージ、店舗展開には違いがあります。今治市周辺の店舗では母恵夢本舗の商品を扱うことが多いため、購入前にパッケージの表示を確認してください。
母恵夢を買える店舗と通販情報
株式会社母恵夢の直営店は、松山市を中心に愛媛県内の各地に展開されています。本社のある東温市には、工場見学ができる「母恵夢スイーツパーク」も誕生しました。ガラス越しに製造の様子を見学でき、みかんジュースの蛇口や足湯、牛の乳搾りなど、家族で楽しめる仕掛けが充実しています。焼きたての生母恵夢を味わえるのも魅力です。
母恵夢は愛媛県内だけでなく、県外でも購入できる機会が増えています。2024年には新ブランド「母恵夢東京」が誕生し、新宿や横浜の百貨店に期間限定で出店しています。大阪でも「母恵夢おおさか」が誕生し、阪神梅田本店に設けられた常設の販売コーナーも見逃せないポイントです。催事情報は公式サイトで確認できます。
母恵夢は公式オンラインショップからも購入でき、店舗まで足を運べない場合でも取り寄せが可能です。賞味期限は製造日から45日と比較的長く、配送に日数がかかる県外への贈り物にも適しています。個包装になっているため配りやすく、職場や親戚へのちょっとした手土産としても選ばれています。
1950年(昭和25年)に「バター万十」として誕生した母恵夢は、名前を変えながら愛媛を代表する銘菓として親しまれてきました。和と洋が溶け合う味わいや幅広い世代に選ばれる理由、商品の種類や購入方法まで紹介しました。愛媛を訪れた際は、ぜひ、母恵夢を味わってみてください。
ザ・ご当地検定の問題
Q.愛媛県の銘菓「母恵夢」。1950年の発売当初は何という名前だった?
A.バター万十









