高知県には、地元の人に親しまれながら、今ではもう手に入らなくなった銘菓があります。独特な名前で全国にもファンを広げたものの、2013年に製造元が店じまいし、幻の味となってしまいました。今回は、惜しまれつつ姿を消したお菓子の由来や歴史をわかりやすく解説します。
高知名物「エチオピア饅頭」とは?由来と歴史を解説
高知県香南市にあった近森大正堂という老舗の和菓子店が、代々手作りしていたのがエチオピア饅頭です。黒糖を練り込んだ香ばしい皮で、なめらかなこし餡を包んでいます。小ぶりな一口サイズで、子どもから年配の方まで楽しめる、懐かしい一品として知られていました。
名前の由来には、初代店主の熱い思いが込められています。昭和初期、イタリア軍に攻め込まれたエチオピア軍が、乏しい武器で懸命に立ち向かう様子が新聞で報じられました。勇敢な戦いぶりに心を動かされた店主が、売っていた黒糖の饅頭をエチオピアと名づけ直したと伝わっています。
やがてエチオピア饅頭は、昭和初期から地元で愛され、高知を代表する土産物になりました。古い包装紙にはエチオピアの人物をモチーフにしたイラストが描かれていましたが、のちに人種への配慮から、饅頭の写真を使った図柄へと改められています。
エチオピア饅頭はなぜ人気?愛された理由
エチオピア饅頭の人気を支えていたのは、飾らない素直な味わいです。ひと口食べると、コクのある甘みとやわらかい餡が口のなかで広がり、ついもう一つと、手が伸びます。甘すぎず食べ飽きない、そのバランスのよさが、世代を問わず多くの人に親しまれていました。
また、饅頭に「エチオピア」という国名を冠した大胆さは、一度耳にしたら忘れられません。誕生のいきさつを聞けば思わず誰かに話したくなり、口コミで広がりやすい名前でした。高知を訪れた観光客の間でも話題に上がることが多く、評判が県外にも広がっていました。
全国的な知名度を高めたきっかけは、テレビ番組での登場です。人気番組「水曜どうでしょう」でエチオピア饅頭が紹介されたことに加え、女優・広末涼子さんのお気に入りとしても紹介されました。メディアを通じて注目を集め、県外にも名が知られるようになりました。
製造元・近森大正堂の閉店と「幻の味」の理由
近森大正堂は、高知県香南市の一角に構えていた菓子専門店です。大正時代に創業しエチオピア饅頭を看板商品に据え、地域のお客様に支えられ長年営み続けてきましたが、2013年(平成25年)5月、近森大正堂は店主の急逝にともない閉店を余儀なくされました。廃業の知らせを受けた人々の惜しむ声が、当時のブログやSNSに数多く綴られました。100年近く続いた店が閉じ、多くの菓子好きに惜しまれています。
閉店後も、多くの人がエチオピア饅頭の復活を願い続けたのは確かです。近森大正堂は家族で運営してきた店であり、手仕事で作り上げてきた製法を引き継げる人材は見つかりませんでした。店主が守り続けてきた技は後継者なく途絶え、エチオピア饅頭は今も復活を果たせないままです。
エチオピア饅頭の復活を望む声と高知の似た銘菓・へんろいし饅頭
エチオピア饅頭が作られなくなった今も、ネット上には復活を望む声が後を絶ちません。高知ゆかりの人だけでなく、番組をきっかけに知った人まで、年代を問わず愛着を持ち続けています。一度も口にしたことがなくても関心を持つ人が多いのは、エチオピア饅頭の不思議な魅力です。
高知には、へんろいし饅頭など、昔ながらの伝統的な饅頭が今も作り続けられています。ほのかな甘みとふんわりした食感が、エチオピア饅頭に通じる懐かしさを感じさせます。エチオピア饅頭の記憶を胸に、似た味わいの菓子を探すのもまた、ひとつの楽しみでしょう。
もう手に入らないからこそ、ファンたちの気持ちはいつまでも薄れることがありません。10年以上が経った今もなお語り継がれるのは、この饅頭にそれだけ強い印象が残っているからです。幻の味となったことで、エチオピア饅頭は高知の人の心のなかに深く刻まれています。
エチオピア饅頭は、そのユニークな由来と素朴な味わいで、今も多くの人の心から離れない名菓です。高知を訪れる際は、へんろいし饅頭などの昔ながらの味を手がかりに、地元の菓子文化にふれてみてください。
ザ・ご当地検定の問題
Q.高知県の土産物として人気だったが、2013年に製造元が閉店してしまったお菓子は?
A.エチオピア饅頭









