今も日本で栽培されている大高菜は、江戸時代から続く伝統野菜の一つです。ですが地元の人たちも大高菜の存在を知らないことがあるようです。そこで絶滅の危機に直面したこともある大高菜の基礎知識や歴史などを詳しく紹介します。
大高菜ってどんな野菜?
大高菜は、愛知県名古屋市緑区大高地区で栽培されているつけ菜の一種です。独特の香りやほろ苦さがある野菜で、「あいち伝統野菜」にも選ばれています。見た目や味は野沢菜にとても似ていますが、野沢菜よりも繊維が少なく、柔らかいのが特徴です。地元では正月菜とも呼ばれている野菜で、お雑煮に入れて食べることもあります。その他にも煮物や炒めもの、漬物や和え物などに活用することが出来ます。
大高菜が栽培され始めたのは、江戸時代のことです。伊勢から持ち帰ってきた伊勢菜から派生し、江戸時代から大高地区の名産となっています。1596年から1615年には大高藩主から尾張のお殿様に大高菜を献上していました。また江戸時代の末期には「尾張名所図会」や「尾張志」にも大高菜が登場しています。「尾張志」には栽培時に海藻を使い、葉や茎が柔らかく、塩漬けに適するという記載がありました。明治時代から大正時代にはつけ菜類の主要品種としても挙げられており、家庭栽培で大高菜を作って近所や知り合いの間で分け合っていたという歴史もあります。昭和になると地域の都市化が進み、出荷する時期が限られていることやあまり利益が無い野菜だったことから大高菜を作る農家は激減します。地元の限られた農家でしか作られないようになってしまい、地元の一部の人たちは存在を忘れてしまったのです。そこで2009年からは後世に大高菜を残そうという活動がスタートし、市役所などで無料で種の配布を行っています。プランターでも育てやすい野菜なので、徐々に地元に根付きはじめているのです。地元の名産品に大高菜を入れたりと、地元の人たちに積極的にアピールしています。
旬の時期は12月から1月で、種まきは9月以降に行います。種をまくときには畝を立てて、条まきにします。3日から4日で発芽し、乾燥しないように小まめに水分を補うことが大切です。時々間引きをして成長を促したり、追肥をして栄養を補給するようにします。成長すると90センチまで伸び、かぶの葉っぱように葉が大きく、根っこが肥大化します。比較的寒さには強い野菜ですが、寒い時期に栽培するときには霜対策は欠かせません。栽培がスタートした当時は肥料を十分に用意することが難しく、海の泥を利用して育てていました。このやり方が大高菜に良い影響を与え、海のミネラル豊富な土地で育てたことで大高菜はえぐみが少なく、柔らかい歯ごたえになったのです。
大高菜の代表的な料理の一つはお雑煮です。用意するのは切り餅と大高菜、だし汁と醤油、塩です。大高菜は3センチから4センチにカットして、食べやすい長さにしておきます。昆布とカツオでとっただし汁の中に切り餅と大高菜を入れて、ひと煮立ちさせるだけです。最後に醤油や塩を加えて味を調節します。
大高菜は漬物にも向いていて、塩と唐辛子、お好みで昆布や醤油を入れて漬け込みます。出来上がったら細かく刻んでご飯に混ぜたり、豚骨ラーメンのトッピングなどに活用出来るレシピです。
からしあえを作る場合は大高菜を茹でて、冷水に入れてよく冷やしたら水気を切って食べやすい大きさにカットします。醤油や砂糖、からしやだし汁などで作ったタレに入れて、よくかき混ぜると完成です。辛さはからしの量で調整します。
未来に残したい愛知県の伝統野菜
大高地区や農家の人々の努力で地域に広まりつつある大高菜。300年以上の歴史もあり、上品な味わいで食べやすく、色々な料理にアレンジすることが出来るのも魅力です。そんな魅力いっぱいの大高菜は未来に残したい野菜の一つです。
ザ・ご当地検定の問題
Q. 江戸時代から育てられている伝統野菜「大高菜」は、どこの都道府県の野菜?
A.愛知県